記

記事詳細

059 「私」を戒める

2019/12/18/(水)

 059 一人になった時に、思わず口をついて出てくるこの言葉が、私を戒めてくれているのではないかと思うのです。

「けしからん」と「バカモンが!」と稲盛さんは言われます。

 

 「けしからん」も「バカモンが!」は自分の中の基準に照らして、それに大きく外れたときに出る言葉です。しかしその基準は人によって大きく異なる場合があります。その違いが、人と人とのコミュニケーションギャップ。世代間のギャップさらには争いの種になることもあります。この章の中で「『神様、ごめん』という反省の言葉をつい口にしてしまう」とあります。つまり基準が「神」ということになります。「神」が思考判断の基準であるならば、「利己」を離れやすくなります。


自分の中に「神」という基準はあるだろうかと問うてみると、何となく、天地自然の理というものかなーという気がしています。自分の周囲の人に問うてみても、日本人は「神」についての概念がキリスト教徒のように明確ではありません。神道は仏教のように教義が明確に成立していません。八百万の神々というように森羅万象に神の発現を認める古い日本人の神概念が、今も我々の深層にあり、それに大きな違和感をもっていません。またそれでよいとも思っています。そうすると「神様、ごめん」という言葉は特定の神というより、森羅万象を司る「天地自然の理法」と言ってもよいのではないでしょうか。

それなら自分も言えます。

Y.H.C.矢山クリニックの今朝の輪読より(書籍:稲盛和夫著 魂の言葉108