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舩井幸雄先生の思い出20

2017/06/24/(土)

「思いは実現する」


 自分の本質生命体にお願いするという舩井流極意(又は秘伝)について述べてみました。これについてセミナーなどで紹介すると、(本質生命体)とは内なる仏ですか」とか「それは真我のことですか」とか、「神様にお願いすることとどう違うのですか」などの質問が出ることがあります。その時によって答え方は違うのですが、「内なる仏とは何でしょうか」とか「真我とは何でしょうか」とか「神様にお願いした場合とどう違うかまた同じか自分で比べてみて下さい」などと返すことがあります。少し意地の悪い返事かもしれないと思うこともありますが、このような質問は例えていうと似たような缶詰に別々なラベルが貼っているのを見て、中身の味がどう違いますか。同じですか。と問うているようなものでしょう。冷暖自知、体験し味わってみないと知ることはできません。


 ある難病の青年が通院していました。漢方薬が著効して状態がよくなり、またなんでも話せる気がしたのでしょう。真剣な顔をして、「今日はぜひ聞きたいことがあります」と言います。「何ですか」と返すと「先生、この世に神はいるのですか」と問います。私は少し間をおいて、「そんな質問には答えない」と返しました。すると青年は「どうしてですか」と返ってきます。私は「神なんていないというと君はガックリするだろう」また、「神はいると答えたら、証拠を見せるように迫るつもりだろう」と言いました。その青年は「そのつもりでした。でもそれならどうしたらいいんですか」となかなか引きません。そこで私は「神が存在するかどうかわかるアタマになるしかないでしょう」と答えました。青年は「それなら先生は神の存在がわかるアタマになっているのですか」とさらに問います。私は「その質問にも答えないけど、目に見えない『気の存在』は知っているよ」と答えました。そして「星の王子様の中で、キツネが心で見ないと物事は良く見えない。肝心なことは目には見えないと言っているよ」と付け加えたのでした。